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平凡な人の【ブログ活動の楽しみ方】

【コンプレックス】に悩んだら…弱みは強みになるのか?

 

色黒⇔色白

肥満⇔痩せ過ぎ

低身長⇔高身長

毛深い⇔毛が薄い

優柔不断⇔果断

甘え上手⇔甘え下手

声が低い⇔声が高い

などなど・・・

コンプレックスは外見的なことから、性格などの内見的なことまで千差万別です。

 

しかし、人はそれらのコンプレックスを悩み、克服しようとしますが、本当に、コンプレックスは忌み嫌うものなのでしょうか?

 

 

コンプレックスとは

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コンプレックスとは「劣等感」「引け目」「少数者の意識」を表し、まるで悪者の様に扱われます。

 

しかし、どちらかに突出している状態にコンプレックスを感じているなら、それはアドバンテージになるのかもしれません。

 

コンプレックスは「自分が他人より劣っている」「少数者側」と思ったときに感じる感情のことです。

しかし劣っているという評価は誰がしたのでしょうか?

「幼少期にいじめられた」

「親に叱られたときに否定された」

「彼氏・彼女にあしらわれた」

「友達に指摘された」

 

おそらく、身近な人の何気ない言葉が、あなたの心に棘を落としたのでしょう。

 

しかし、よく考えてみてください。

 

指摘した人は何人ですか?世界中の全員でしたか?

 

その指摘は嫌悪感に満ちてましたか?事実を言われただけですか?

 

あなた自身すべてを否定されましたか?

 

違いますよね?

それを否定的に捉え、劣等感と感じたのはあたな自身ではありませんか?

 

確かにテレビやネットなどで、自分が少数側と知ればコンプレックスを感じるかもしれません。

 

また時には、嫌悪感をもって指摘してくる人間もいるでしょう。

 

しかし、それが劣等感となったのは、あなた自身がそのことを人より劣っていると自分で決めたからではないでしょうか?

 

たとえば、身長の高いことにコンプレックスを感じる女性もいるようですが

「背が低い方が可愛い」

「かわいい服が似合う」

「男受けが良い」…etc

 

背の高い人の中には、そう思ったことがあるかもしれませんが、そんな時代錯誤な考え方こそ少数派です。

 

そして反対に

「背が高い方がモデルさんみたい」

「選べる服が多い」

「背が高い女性の方が格好良い」

そう考える方もいらっしゃいます。

 

どちらが多数でどちらが少数なのかは、時代の流れで変わるとこではありますが、どちらにしても劣等感≠優越感を選ぶのはあなたです。

 

そして背が低くても高くても、どちらかに突出しているということはコンプレックスにもアドバンテージにもなり得ます。

 

過ぎたるは及ばざるが如し

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ちょうど真ん中の人はコンプレックスを感じないかと言えば、突出しない人はしない人でいます。

 

また、自分を多数派と思える人は安心するでしょうが、反対に突出しないこと(多数派であること)に、コンプレックスを感じてる人もいるようです。

 

「過ぎたるは及ばざるが如し」

という言葉は

「行き過ぎることは不足していることと同じように良くないことだ」

という意味です。

 

つまり「中庸が大切である」ということを伝える教訓で

「過不足なく偏りのないこと」が大事であるということです。

 

時として中庸が大事なシーンもある事も事実です。

 

例えば

「部下を育成しようとする叱咤激励」

「好きな食べ物やお酒など」

「仕事の取り組み方や量」

「子供に対しての干渉具合」などなど

 

しかし、自分の特徴や特性に関しては、この言葉に当てはめる必要はありません。

 

むしろ「過ぎたるは凌駕するが如し」です。

 

突出していることは、必ず表裏一体の「表」と「裏」があります。

 

どちらを選んで、コンプレックスと捉えるか、アドバンテージと捉えるかはあなた自身です。

 

 

人が変われば・・・

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人の趣味嗜好は十人十色・・・

 

毛深い人が嫌いな人もいれば、格好良いと思う人もいます。

 

痩せた人が好きな人もいれば、ふくよかな人が好きな人もいます。

 

優柔不断な自分をマイペースと考える人もいれば、果断な自分をせっかちと考える人もいます。

 

甘え上手な人を、媚を売っていると評価する人もいれば、甘え下手な人を、自分に厳しい人と評価する人もいます。

 

人の考えは自分が思っている以上に多種多様で、世界は広いのではないのでしょうか?

 

自分の捉え方次第?

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なにかの事象を「どう捉えるかは自分が決めている」

ということを、理解するすることは簡単と思えば簡単ですし、そんなこと言っても難しい、という人は難しいのと一緒です。

 

酷くつらいことがありました。

この先、立ち直る事すら出来ないのでは?

未来は暗くつらいと悲観した経験をお持ちの方もいることでしょう。

 

そして今もって暗いトンネルの中で悩み、苦しんでいる人もいるかもしれません。

 

しかし、必ずそのトンネルには、終わりが来て光が見えてきます。

「止まない雨はない」ように

「明けない夜はない」ように

 

でも、前向きとかポジティブシンキングって悩んでいる渦中にいると「出来ねーよ!」

ってなりすよね?

 

でも、そんな時だからこそ考え方だけは、前向きにしていきたいものです。

 

悩んだ時に

コンプレックスを選択するか?

アドバンテージを選択するか?

 

もっと言うのであれば

長所と捉えるか?

短所と捉えるか?

 

更にいうなれば

人生を楽しむのか?悲しむのか?

 

人生は、長くも短い夢の如くです。

 

明日死ぬと思って今日を生き、永遠に生きると思って未来に種を撒く

 

そんなふうに生きていきたいですね。