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「老後が不安」は当たり前!誰にもやってくる老後をどう乗り越えるべきか

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厚生労働省の調べによると、老後生活に対して「不安を感じる・どちらかといえば感じる」人は9割以上いるという統計データが出ている。

50・60歳を超えた人だけかと思いきや、20歳以上の成人の男女ともに、8割以上の人がそう感じているそうだ。

 

おそらく60歳を超える頃には、よほど万全の準備をした人でなければ「老後に不安」を覚えるのは当たり前の時代なのかもしれない。

 

 

老後の不安「健康」

病気や怪我の心配はもちろん、健康に対する不安要素に挙げられる1番の原因は、介護と認知症だ。

平均寿命が延びたことによるこの2つの不安要素は、まさに「人生100年時代」を象徴した問題ではないだろうか。

 

厚生労働省の調べによると、2019年日本人の平均寿命は男性81.41歳・女性87.45歳で、女性は7年連続、男性が8年連続で過去最高を更新したそうだ。 1989年頃の平均寿命と比べるとそれぞれは5年半以上寿命が延びていることになる。

ただし、このことは死ぬまでの期間を示した平均寿命のことであって、他人の介助なしに生きていける健康寿命とは異なる。

ちなみに2019年の健康寿命は、男性が72.68年、女性が75.38年となっている。

 

平均寿命と健康寿命の乖離は、つまるところ要介護状態や病院のベッドで寝たきりになっている人が存在しているということだ。その期間は、男性は約7年間、女性は約11年間もある。

誰もが、それだけの長い時間を「介護や病院の世話になりたくない」そう思うのは無理もないことだ。だからこそ、お年寄りの方は「死ぬときに人に迷惑をかけたくない」と口を揃えて言うのだろう。

 

ある一定の年齢になると、歳を重ねるごとに進行する脳や肉体の衰えや、ボケたり病気になりがちになる現実を受け入れなければならない。つまり「死に向かいながら生きていく」ことを認めなければいけないということだ。

つまり「健康への不安」というよりは、「死に向かっている」という自分自身の認識が、自らを不安に駆らせるのだ。

 

老後の不安「お金」

歳を追うごとに体は動かなくなり、働き口も減る。貯蓄や年金も潤沢に準備できた人ならいいだろうが、働き続けなければ生きていけない人にとって、「老後資金」は頭を悩ませる大きな問題だ。

 

老後2,000万円問題に端を発した「老後に安心して暮らせらる貯金の目安」は、一部の富裕層を除いて、大抵の家庭は諦めムードが漂っているのではないだろうか。

住宅ローンや子供の進学費用、さらに親の介護費用に加えて、自分の老後資金に2,000万円?年収がいくら以上だったら、そんな大金を用意できるのか。

 

さらに拍車をかけるのが、年金の受給額の少なさだ。

厚生年金(国民年金分含む)の平均受給月額は約14万5,000円。国民年金のみの平均受給月額は5万6,000円である。年金保険料を納付した期間が、会社員なのか自営業なのか、専業主婦のか共働きなのか、平均年収はいくらなのか、などによって年金受給額は人それぞれ異なる。

年金の仕組みは複雑なので、一概に比較することは難しいが、平均年収が500万円以下、もしくは単身世帯がもらえる年金額は総じて少ないのが現実だ。

 

厚生年金(国民年金分含む)の平均受給月額約14万5,000円では、ローンが完済された住居を持った人でもない限り生きていくだけで精一杯だ。さらに国民年金のみの平均受給月額5万6,000円では、言葉通り「死ねまで」働き続けなければ生きてすらいけないだろう。

つまるところ、年金保険料を納付する期間によほど高い年収を稼いで多くの保険料を納めるか、離婚などせずに夫婦一緒に生きていかなければ、このデータによる平均年金額で生きていくしかない。

 

ありきたりだが、年金受給が始まる65歳までに公的年金、個人年金、年金保険、投資、なども含めて万全の準備するか、65歳までに住宅ローンが完済されたマイホームを手に入れるしかない。ただし、これも65歳まで働き続けられるということが前提の話だ。

 

老後の不安「死に方」

古今東西「死」は恐れられてきた。死んだ経験のある人の話しなんて聞けるはずもなく、死とはどういうものなのか正確なところ誰にも分からないからだ。

しかし、最も不安に感じるのは、その「死に方」だ。「死」自体と違ってこちらは客観的な記録として見ることができる。

不幸にも事故で命を落としたり、病気や怪我でなく亡くなったりする人を間近に見ることができるからだ。

 

往々にして、苦しんだり痛がったりする様を見て、死とは恐ろしいものだと不安に駆られるのだ。

スイッチを切るように死を迎えることができたり安らかに死ねるならば、おそらく死を恐れる人は少なくなるのかもしれない。

 

病院死が8割を超える現代。終末医療を経て辿り着く現代日本型の「死に方」には、誰もが不安しか感じないのではないだろうか。

 

本来、人は死ぬ間際になると栄養をほとんど必要としない。いわゆる餓死に近い枯れるような死に方が自然で楽な死に方と言われている。

ところが、延命措置を断る意思表示をしていない病院死だと、命が尽きるまで人工呼吸器や栄養チューブに繋がれて生かされるのが現状だ。

これを自然な死と呼ぶかどうかは議論が分かれるとこだが、このことが日本における「死に方」について、不安を助長させる大きな原因の1つである事は言うまでもない。

 

個人的には、死期を悟ったのなら枯れるような死に方を選びたいものだ。

 

案ずるより産むがやすし

それにしても、日本における「老後」は、いつから不安だらけのイベントになったのだろう。

 

今から40年前、まだバブル絶頂期だった頃の定年していた祖父母の暮らしは、いかにも幸せな老後だったように子供ながら記憶している。

今にして思えば、年金の受給額・年齢も違っていたし、何よりも祖父母と私たち親子が、同じ屋根の下に暮らしていたことが、そう見えた大きな要因かもしれない。

それがいつしか、年金受給額・受給年齢は大きく変遷し、核家族化により親は親、子は子の生活を大切にするようになった。このことが、日本における老後不安の根底に流れる大きな要因になっていることは否めない。

 

ただそんなことを言っても、時代の流れは止められない。時代の変化に合わせて生きていくしかないのだ。

・体の不調や病気とうまく付き合う

・お金がないならないなりの暮らし

・延命措置を受けない意思表示

・死ぬことを受け入れる

人は永遠に生きることができない。どんなに科学が発達して医療が発展しても、今も昔もとるべき対策は同じだ。

 

「ありのままを受け入れる」

 

あれこれ老後のことを考えると不安に駆られることが多いだろう。しかし結局のところ、どれだけ対策しどれだけ準備しても、その時が来なければわからないこともある。

 

「老後に対する不安」の統計によると、「貯蓄や投資など将来に備える」と答えた者の割合は、20歳代から50歳代で高く、「毎日の生活を充実させて楽しむ」と答えた者の割合は60歳以上で高い。

つまり、老後に不安に感じるのは「まだ来ぬ老後」に対しての不安であって、いざ「到来した老後」になってしまえば、意外と「ありのままの老後」を受け入れて日々の生活を楽しむことが出来るのかも知れない。

つまりは「案ずるより産むがやすし」だ。